YOLO日記

2026.08.28

ふつー。って?

 突然ですが、「普通の生活」って、何なんでしょうね?

朝起きて、仕事に行って、ご飯を食べて、家に帰って、
お風呂に入って、寝る。
休日には買い物に行ったり、友達と遊んだり、旅行に行ったり。
なんとなく、こういう生活を「普通」と呼んでいる気がします。
でも、ちょっと考えてみると、「あれ?普通って誰が決めたんだ?」
と思うわけです。
例えば、
朝が苦手な人もいる。
人混みが苦手な人もいる。
毎日同じ生活をしたい人もいれば、
毎日違うことをしたい人もいる。
一人で過ごしたい人もいれば、
誰かと一緒にいたい人もいる。
 
考えてみれば、
みんな違います。
 
なのに、
「普通はこうするよね」
「普通はこう考えるよね」
という言葉が、いつの間にか人を縛ってしまうことがあります。
 
「普通は学校を卒業したら働く」
「普通は結婚する」
「普通は一人暮らしをする」
「普通はちゃんとした仕事に就く」
「普通はこうする」
 
こうやって並べてみると、
「普通」ってずいぶんたくさんありますね(笑)
 
でも、その「普通」から少し外れると、
途端に「変わっている」と言われたりする。
 
これって、
よく考えると不思議な話です。
 
そもそも、
「普通」というものに明確な基準なんてあるのでしょうか?
 
たぶん、ないんですよね。
 
その時代によっても違うし、
住んでいる場所によっても違う。
家庭によっても違うし、
人によっても違う。
 
昔は普通だったことが、今では普通ではないこともあります。
逆に、昔は考えられなかったことが、今では当たり前になっていることもあります。
 
そう考えると、「普通」というものは、実はものすごく曖昧なものなのかもしれません。
 
それなのに、私たちはついつい、「普通はこうだ」というものを基準にしてしまう。
 
そして、自分自身もその基準に合わせようとしてしまう。
 
「みんなはできているのに、自分はできない」「普通ならもっと頑張れるはず」「こんなことで悩むのはおかしい」
 
そんなふうに、自分で自分を追い込んでしまうこともあります。
 
でも、そろそろ「普通」というものを、少し疑ってみてもいいのかもしれません。
 
「本当にそうなの?」
 
と。
 
もちろん、社会で生きていく以上、ルールや約束を守ることは大切です。
 
何でもかんでも、「自分らしく!」で済ませられるほど、世の中は甘くありません(笑)
 
でも、ルールと「普通」は別の話です。
 
守らなければならないものと、なんとなくみんながやっているもの。
 
ここは、一度分けて考えてみてもいいんじゃないでしょうか。
 
例えば、「自立」という言葉もそうです。
 
一人で何でもできることが自立なのか。
誰にも頼らないことが自立なのか。
 
それとも、必要なときに誰かに頼ることができることも、自立の一つなのか。
 
人によって答えは違うと思います。
 
だからこそ、「こうじゃなきゃいけない」と決めつけてしまうと、かえって苦しくなることがあります。
 
人はそれぞれ違います。
 
得意なことも違えば、
苦手なことも違う。
 
好きなものも違えば、
嫌いなものも違う。
 
生き方だって違って当然です。
 
「普通」を一つに決めるより、「こういう生き方もあるよね」と選択肢を増やしていく。
 
そのほうが、案外生きやすいのかもしれません。
 
そして、これは他人に対してだけではなく、自分自身に対しても同じなんだと思います。
 
「普通はこうする」ではなく、「自分はどうしたいんだろう?」
 
そうやって一度立ち止まって考えてみる。
 
もしかすると、
今まで「普通」だと思っていたものの中に、
実は自分が無理をして合わせていただけのものがあるかもしれません。
 
逆に、「自分には無理だ」と思っていたことが、やってみたら案外できることもあるかもしれない。
 
結局のところ、自分の人生なのだから、最後くらいは自分で考えてみたいものです。
 
「普通だから」ではなく、「自分はこうしたいから」と言えるように。
 
皆さんにとっての「普通」って、いったい何でしょう?
 
そしてその「普通」は、本当に自分が選んだものですか?
 
たまにはそんなことを考えてみるのも、
悪くないかもしれませんね。

2026.08.21

今年の夏🌻

 例年通り…いや、今年は特に!今まで以上に

日焼けしております😂w

毎年そこそこ黒くなるものの、今年の夏は一段と顔に手にしっかり焼けて…

多分焼けやすい肌で、赤くなったりせず黒が染みていくタイプなので

だんだん色濃くなっているように思います😐しっかりケアしておかないと~💦

暦の上では立秋を過ぎ、夏から秋へと季節が移り始めています。

まだこんなに暑いのに☀少し涼しくなったかな~なんて

思った日もありましたけども…日中はやっぱり暑い💦

汗だらだら、水分補給はしっかりと!

それでも少しずつ日が落ちるのが早くなってきて、夜も寝苦しい暑さではなくなってきて

少しずつ少しずつ、秋に向かっているような☽

季節はある日突然変わるものではなく、少しずつ移り変わっていくものですね~✧

23日は『処暑』を迎えます、また少し暑さが和らぎ

秋の気配を感じる頃🍀(週末は厳しい暑さの予報ですけれども笑)

YOLOももうすぐ7歳になります✧NEXTに向けて、日々思考中🐾

ぼちぼちと涼しくなってくる頃、夏の疲れも出てくる時期…

休息もとりながら✨残暑乗り切っていきましょう~♪

2026.08.13

時間の流れ⏰

 気がつけば、また一日が終わっている…。

一週間、一か月、一年…。

 

そう!

そしてYOLO・FUKUIは今月で七年経過🎂

ありがとうございます💛

 

この七年間でも社会の流れを変えた大きな出来事として、

1:新型コロナウイルス感染症(2020~)

2:生成AIの普及(2022~)

3:ロシアのウクライナ侵攻(2022~)

などがあって、

七年前、まさか事業所を立ち上げてすぐコロナウイルスなんて得体の知れないものに

翻弄されるとは思ってもみなかったし、

PC越しの得体の知れないもの(AI)に人生や仕事の相談、お願いをしているとも思ってもみなかったし、

いくら対立や確執があったとはいえ、

ロシアやらアメリカがあの日あの時間になぜ戦争を突然始めたかも未だに理解していない。

そんなまま時間は過ぎている。

 

そして、YOLOにフォーカスしても、

今の30名のスタッフと70名のサービス対象者✧の規模感も、

七年前から計画立てていたものではなく、

後からついてきた結果。

「計画しろよ」って?😅

 

もう七年、されど七年。

一生懸命、その時その時の精一杯でやってきての今。

だけど、まだまだ「これができていない」「これだとダメだ」なんてことはたくさんある。

対策もうまくいかなかったり、できていない圧をかけられたりすると、

本当に折れそうになる。

ただ、誰かや環境のせいにして言い訳始めたら負け。

悲しきかな失敗することを願う外野もいるかもしれない。

おそらくひとつクリアしてもブラッシュアップしたりしていかないといけないので、

ずっと続いていくものなんてのは分かりきっていることだが。

いろいろ最近考える。

白髪が増える…

 

とりあえず!

「何か」は突然起こるものである。

時間はただ流れているようで、確実に何かを大きく変えているもの。

基本、私のスタンスとして『なるようになる、なるようにしかならない』なんだけど、

一方で『石橋を叩く』向きもあるゆえ…

ん~~~精神を研ぎ澄ませ!…かなw

2026.08.07

便利になったな~

 こんにちは~、福井も梅雨明けし夏の重たーい暑さが堪えますね

早く秋になってほしい・・・引き続き熱中症にも気を付けていきましょう!

少し前からチャッピー(chatGPT)の名前を聞くようになり、ついに私もちょっとした時に使うようになりました。

使ってみたら調べ物がすごく楽でびっくりしました。

旅行の際に移動手段を調べたり、推しの情報を調べたり・・・便利すぎて考える力がなくなりそうです(笑)

AIいう言葉がはじめてつかわれ始めたのは、なんと今から70年も前のことらしいです!

私からするとまだ最近の事のように感じますが、そんなに昔から研究されていたことで驚きました

研究者の方々はすごいですね

100年前に生きていた人は、現代の様子をみたら空想の世界のように感じるんじゃないかなと思います。

AIが身近な存在になり、今まで人がやっていた仕事がAIに代わってしまうこともありますよね。

逆を言えば、今まで時間を割いていた業務が楽になり人手不足を助けることもできるので、

うまく付き合っていく存在になるだろうなと思います。

介護の仕事では、介護ロボットだったり見守りセンサーだったりがあるかな?と思います。

今からドンドン新しいものが出てくるのかな?と思ったら楽しみでもありますね

すごく便利な世の中になり、たまーに「昔の日本」と検索していろんな写真を見ることがあります。

自分が死ぬまでの未来の日本は見れますが、過去には行けないのですごくロマンを感じます。

近々、歴史博物館などに行って勉強できたらいいなと思います。

2026.07.29

美(成長)とobject化

『美とは客体である』

と、三島由紀夫の本の一節が目に止まった。

美はオブジェ(object)である。
 
それもケースにしまわれて、触れることの許されないものほど美しい。
そして、それは手に入れた瞬間から色褪せていく。

三島と美輪明宏の関係を勝手に想像しながら、
「叶わないからこそ美が保たれる」という三島の美意識と、
呼応する美輪に、思わずウームと納得してしまった。
 
自分の大切な思想や美意識を永久保存するために、
あえて破壊的な道を選ぶようなところがあったのかもしれないなーとか。
(三島のことはほとんど知らないので、突っ込まないでね!)
  

という妄想から、今回の本題の
『オブジェクト化(object)』ってどゆこと?と。
  

オブジェクトは、対象物、物体、客体とかいう意味らしい。
 
対の『サブジェクト(subject)』とは、主体や主観、主語という意味。
 

前回のブログの『適応課題』の説明にも
「バルコニーに上がって眺める」
というメタファーがあるのです。
 
これは、自分と“一体化した価値観”(サブジェクトね)を、
一歩離れて眺めてみると(オブジェクト化ね)
 
「絶対に正しい」と疑うことも無かった考え方が、
単なる一つの価値観の可能性もあるよな?
 
と捉え直す過程のこと。
 
固定観念って自分には見えないから(これ大事!)、
それを観察対象にするための“オブジェクト化”だね。
 

要は、上手くいかない時ほど、自分の価値観(OS)を絶対視ししていて苦しむ。
成長は、そのOSを疑うことから始まる。
 

もちろん、『変わらないそこに美が宿る❗️』という考えもあるだろう。
“侵してはならない尊厳”にも近い観念だし
、私の福祉観(プライベート支援者)としても
『尊重されるべき大切なもの』と捉えている。
 
ただ、私たちスタッフは「変容する側」である。
 
利用者の尊厳を客体として守りながら、
自分自身の価値観は積極的にオブジェクト化していく。
それが重度訪問介護(従事者)に携わる者の宿命なのかもしれない。

 
三島的には『手の届きにくい対象(客体)』だからこそ美しく、
手に入れたい欲求が湧くのだと。
 
もし変容した瞬間から色褪せるのだとしたら、魂が宿るのは結果ではなく、
キッカケや欲望、プロセスなのかもしれない。
※むかし、堀江さんが言ってた『ウンコ理論』
→上手くいかないことを繰り返してしまう“こだわりのタネ”と似ているね。ぜひ本人に聞いてみて!

 
『以前だったら不快だったものの領域で快適に過ごせるのが成長の定義』
と、とあるエグゼクティブコーチ談。

 
同じ失敗を繰り返す。そんな自分が嫌になってきた…
ならば、今の努力の方向性(古いOS)を疑ってみてはどうでしょうか。
その痛みや不快感は、自分の在り方が変わる成長痛なのかもしれない。
そして、その先には、また新しい「美」を追い求める楽しさが待っている。
そんな景色をともに見られること、生みの苦しみに寄り添いながら、
一緒に成長していける支援者でありたいね。


ps.福祉事業所ブログでこんな話が読めるのはYOLO・FUKUIだけ❗️最先端で行こうぜ〜

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