YOLO日記

2025.07.26

想像力…!

 暑い日が続いておりますが、皆さまいかがお過ごしでしょうか…

私は今夏も順調に日焼けをしております。度々スタッフに日焼け具合を披露している日々…手の甲がとても黒い笑

とりあえずの一言。ブログ順番まわってくるの早すぎぃぃぃ😳

気付けばおや?と。今週は私か?と。で、書くのが遅くなる。いかんですねぇ💦

はてさて、ここ最近は何をしていたのやら~日々の業務+とにかく頭を使っていた気がします(*_*)

タイトルにもある“想像力”。色んなことを考えていましたし、まだまだ考える事はあります😌

人と話をしながら“想像”する、

『(相手が)何を伝えようとしているのか』

『(自分の)伝えたいことは伝わっているか』、『どう伝えると理解しやすいか』

『どんな風に捉えられているだろうか』

試行中のものあれば『どう工夫すると楽しくできるか』ナドナド…

もちろん自分の考え(想像)が全て正しい訳ではなく、周囲に・他者に意見を求めることも多く、

他意見を聞き・すり合わせ、そこでまた考える・試行錯誤の繰り返し。

新しい取り組みを始める時にはこのすり合わせが特に多く、

考えられるポジティブなこと(取り組みを進める中での良い効果✨)

ネガティブなこと(今の時点で想定できる懸念事項、考えられる課題💔)

両方の意見・考えを出し合い、懸念されることは出来うる対策を考える。

やってみないと分からない部分も多くあって、“やってみよう!”ももちろん大事☆

でも考えられることは早めに対策も検討したい。

ふむ、本当に色んなことを考える・想像力ですね~本当に('_')

誰かに話す・相手がいれば人によって伝え方が異なる部分もあり、

伝わりやすさも人それぞれ。どの手段が良いか?それも人それぞれ。

言動だけでなく、行動も。

『今これをやったら周囲はどう感じるだろうか(プラス?マイナス?どちらの印象?)』

『自分ではそんなつもりは無いのに、マイナスな印象を与えてしまった』←これ結構あるw

“それって…”って他者から指摘を受けた時にもまた自分がどう捉えるか…

“そんなつもりはない、プン😤”なのか“自覚なかったけれどそうかもしれない、ふむ💡”なのか。

そしてまた考える、繰り返し繰り返し。

周りからどう思われるかを一番に考えるってことではなくね、

些細なことでマイナスなイメージを与えたくないなっていう…個人の考えですw

そんなこんなな色々を時に悩みながら、ちょっと楽しみながら(ちょっとね、ちょっと)

“想像力”を大いに使っていたここ最近でしたね、だから糖分欲してたのか~😂笑

頭は柔らかく、やわらか~く♪

楽しいことも含めて色~んなことを“想像”し“創造”していきたいものです☻

なんだかいつにも増してとりとめのないブログになってしまった気が;

まっそんな日もあって良いでしょう☆

まだまだ暑い日が続きますゆえ、熱中症に気をつけながらあっち~夏を乗り切りましょう🎵

2025.07.19

カッコイイ女!?

 いつからか…

(一年半前くらいからですね~)

もっとこの、訪問介護とか訪問看護とか訪問リハビリとか訪問診療といった、

地域で生活することを支える職種に

興味をもってもらうため、

知ってもらうため、

横のつながりをつくるため、

「訪問看護ステーションゆい」の管理者さんと

訪問看護師としても活躍している「筋膜リリース専門LIKAHI」の方と、

月に一回(毎月第三木曜、19:30スタート★)インスタライブをおこなって発信しています。

 

事前打合せはしているはずなのに毎回、

「今日何について話すんだっけ?」という行き当たりばったりの

インスタライブですwww

雑談を聞いてもらってる感じですね(^^ゞ

 

今月はYOLOの若手スタッフが二名ゲストとして参加してくれました❤

YOLOとの出会い、実際にやってみてどうか…ナドナド。

そこで私の印象をカッコイイと表現してくれたわけです。

えぇ、もう一回言いましょう、

カッコイイ!

ありがとう、ありがとう( *´艸`)

 

自分自身も周りには、これまでも今も「カッコイイ女性」が多い気がします。

天海祐希スキです♥

それこそ若かりし頃のバイト先、オープニングスタッフとして一緒に入職した年上女性。

めきめきとその店の支配人にまで昇っていきました。

私がそこを退職した後もご縁があり、結局お手伝いという形でもう一度呼び戻されることとなります。

妊娠していた私に、

「妊娠(つわり)は病気じゃないから♬」と叱咤激励されました。

今では賛否両論ある言葉、

当時の私はその言葉を不快には捉えず、結論奮起して楽しく仕事ができていたなと思います。

接客業で、時にはクレームをいただく際も立ち振る舞い含めて凛と対応されていましたね~。

もう縁遠くなってしまいましたが、その方の残像が今でも私の中にあるかもしれません。

 

YOLO立ち上げてからも、

いつもお世話になっている社会保険労務士さんであったり、

昨年新事務所建設でお世話になった不動産業の女性であったり、

“カッコイイ系女性”が。

 

フェミニズム、フェミニストなんて難しい言葉もありますが…

性差は絶対ある中で(一般的に男性の方が力が強い、女性の方がマルチタスク、

そして月に一度は月経がある…なんてのはどんなに説明しても分かり合えない事)

それは障害者観と似ていて、

社会進出、活躍を望むのであればできない部分は補う、分かり合えないことは聞いて配慮するであって、

「女だから特別扱いしてほしい」ではないと私は思います。

 

残りの人生もカッコイイ女研鑽していきます✧✧✧

2025.07.10

余裕

こんばんは!ブログを更新するのをすっかり忘れていました・・・

実は今日職場で面談があり、入職してからのことを話していました。

入りたての頃は不安なことがたくさんありましたが事務所内での業務もやらせてもらっていて、

月に2回は銀行周りに行くので今では「銀行の女」という称号を貰いました(笑)

色んな仕事をさせてもらうと、「知らないことがたくさんあるな」と感じることがたくさんあります。

難しい書類を発行するのに未だにそわそわします。〇〇証明書などお堅い書類は嫌いですね~( ´∀` )

何度か間違えて違う書類を発行したことがあります笑

昔、小学校で「教室はまちがうところだ」という本を先生から教えてもらった気がします。

大人になった今でもおんなじだな~と思います。

失敗から学ぶことも沢山あるので色んな経験をしていきたいなーと思うようになりました。(私は小さいミスが多すぎなくらいですが!!!)

今日の面談で1年あっという間だね~と振り返って、1年前と比べて仕事でもプライベートでも余裕が出てきたなと自分でも感じます。

今後やってみたいことを考えてみるとすごくワクワクします。

私は突発的な行動力はあるのですが、物事を計画的に進めていくのは苦手なので

何か新しいことを始めても続けられるか心配です。笑

1年後はまた違った成長した自分が見られるといいな~と期待しながら過ごそうと思います

2025.06.27

枠の中で生きる?

この社会で生きるには、限りある個人の予算(資本)の中でやり繰りするしかない。

 

お金の話で例えるが、
一般的に当たり前で合理性のある話だし、そうする以外に方法がないような理屈だと感じるが、
人は往々にしてそれを超えてしまうことがそこそこに観測される。
 
例えば、思わぬ出費に対する調達。
事故や身内の肩代わり等や、会社の運転資金の調達などがそれに当たる。
 
また、それ以外にも、自ら思わぬ(?)出費をしてしまう
者も少なからず存在しているのは確認できることだろう。
 
この後者に関しては、一般的には自己責任と社会からは突き放される行いだと自分自身内面化している。
 
しかし、前者に関しても「想定できたのでは?」とされることも往々にして言われるし、それを不可抗力とするのならば、後者も障害(特性)の文脈的に、ある意味『他者性な不可抗力とも言える部分は少なからずあるのだと考えることはできる。
 
性格の違いとも言えるし、
堅実なのは特性だとできるし、
堅実では無いのも特性だ
とできる。
 
また、経済的な側面で考えるならば、
むしろ堅実で無い方(浪費癖)が好都合であったりもする。これ弱いよねぇ…
 
結局、程度問題的にはなるが、借金を返せたならば免責とされ、返せなかったら烙印を押されることになる。
 
この場合も、資金繰りで借入れて、結果、返済不能に陥ったとしても自己責任とはされるが、世間的には同情を買うだろう。
 
しかし、個人の借入れに関しては、社会は非情なのだと感じている。
 
その理由は理解できるとも思うし、何が違うのか分からない、とも思う。
 
おそらく、貨幣交換の社会となった時から
このディスアビリティ/ハンデキャップは生まれたのだろう。
 
多くの人間にとって、貨幣交換社会は便利なものと言える。
しかし、一部の少数派にとっては、ある意味『障害化/病理化』の原因とも言えるのだと。
 
とはいえ、その者達にとっても社会的利益はあるのだから一概にディストピアとも言えない状態だとも思える。
 
実際問題、多数派をメインストリーム(稼ぎ役)として置かないと成り立たない社会において、
この問題は
改善すべき課題として良いものか否か
という議論もあるのだろう。
 
だからと言って、少数派に蓋するのも理想的な社会だとは言えない。
 
社会には常に犠牲がつきまとう。
 
それを自己責任とするのは簡単だが、それについても一応の解答を見出さねばならないと考えるが、中々…
 
引用
 
『因果が逆だと思うな。
"マジョリティに有利な社会が形成されている”というが、”たまたま現環境に適応したので勝ち残った”っていうのが生物学的にも社会学的にも正しいだろう。ってなると、ルールを多少いじっても、また同じような奴が勝つだろうっていうことだ。
体力とか覇気とか、その辺の必要最低限の成功要因ってのは、代えがたい要素だよな?
てことは、障碍者や平凡な一般人における成長や成功、幸福ってのは別の場所にあると考えて、さっさとこの東京という過密、過競争のゲームから降りるべきじゃないのか?って俺は思うね。』
 
このように、たとえ熟議を重ねても
結局全ては『言葉遊び』だった
とも言える悲しい結論も有り得る。
 
『すべき/すべきではない』の均衡。
 
また、この社会構造だからこそ、弱者も生きていけるという側面も無視はできないだろう。
それでも考える必要性はあるのだと思う。
 
現時点での結論は、スタートラインを整えることとする参加の平等性かと思う。
 
これは先ず、合理的配慮をしっかり行なった上で、経済合理性の競争の中に、ある種の可能性を持つ者を可能な限り包摂していくということなのかもしれない。
 
ただそれだって新しいメリトクラシーに置き換わることだって有り得るわけで…
 
ぐるぐる考えて
でもやはり、能力のありなし、努力できるできない問題について、
『たまたまそう生まれたから』は無視できる事象とはしてはいけないとも言える。
所詮、物事は相対的なのだから。

2025.06.18

考え方と捉え方

 いろんなスタッフ・利用者がいる事業所なのでとーぜんのように相性の合う人・合わない人がおります。

相性が合致することで関係や支援がスムーズになることもあり・・・。

性別・年齢・共通する事柄ナドナド・・・。

ある利用者さん宅では

「Aさんは明るくテキパキと支援してくれるこちらも元気になる!けども・・・Bさんは支援がちょっと遅いのよ。」

けどもほかのところに行けば

「Bさんはしっかり話を聞いてくれるし丁寧なの。けどAさんは自分のことばっかり話をするしバタバタと動いて騒がしいからちょっと・・・。」

なんてことはよくある話。

 

その人の生活に合わせて支援するということは簡単に見えて実はとても難しい。

また、訪問の仕事って基本1対1で外側からはなかなか見えてこないものです。

また、介助者の個性(コダワリ)というものが実はあったりします。

介助者がその「個性(コダワリ)で生活をよくしよう。そうじゃないと周りから評価されない。」と押し付けているときがあります。

その行動で利用者宅が出入り禁止なんてことも。

利用者へこだわりを押し付け、周りから評価されたいって思うことって、一体誰から評価されたいのでしょう?←(上司?)

本当の評価をする人は利用者さんなのにねぇ。

そんな人に朗報!

どうすればいいか。

 

意外と簡単で

「自分が相手にすべて合わせる」

おー。難しい。←矛盾ですなw

 

結局のところ自分がコダワリを捨てて相手にすべて合わせる(アジャストする)ことが一番なのだと思います。

ただ、著しいいやがらせ(揚げ足取りのような)については話が変わります。

しっかりと出てくる杭は打たないといけないのも事実。←厳しめに。

大人な対応を取りながら節度を持って対応していかないと相手にも伝わらないのだと思います。

 

私の師匠で長年福祉をされている方から以前こういわれました。

「一生涯で自分の考えと同じ人間を3人作れば自分が死んだとしても必ずあなたの意思が世界に広がる」

といわれていました。

一見素晴らしい言葉に聞こえますが、むしろ今の社会に対しての皮肉の言葉でもあります。

同じ考えの人間を作るより、社会で地位を確立し権力を持つことのほうが簡単なのかもと思います。

なぜかって?その話は次の機会に←この話すると長い。

 

ともあれ相性がありつつも最低限社会人として・人としての礼儀・節度というものはどのような関係であったとしても守らないといけない。←家族・夫婦であったとしても。

年齢を重ねるにつれ知らない・分からないですまされないこともいっぱいあります。←昔の私

外から自分を見たときに他者からどのようにみられているか、周りはどのように感じているのか?

自分の意見(わがまま)だけを通すのではない。また、相手に理解だけを求めるものでもない。いかに相手に合わせて関係をまず作っていくか?だと思います。

 

あなたはいったい誰になにを認められたいですか?

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