YOLO日記

2020.02.19

自立生活史とYOLO・FUKUI(2)

 その2『自立生活はイバラ道?!』

 

前回からの続き

 

そんな時代(1970年代)に、長時間介護が必要な重度障害者が自立生活出来るような公的制度なんて当然無かった訳だから、人(ボランティア)を惹きつけられる魅力的で行動的な障害者だけが地域で自立生活が出来ていたんだって。まぁ障害者社会も当時(今もか?)は能力主義ってか。。

でも、そんなカリスマ障害者であっても、ボランティア頼りの生活には限界が有ったんだよね。だってさ、ボランティアヘルパーは他に仕事しないと生活出来ない訳だからさ。日々、明日のヘルパーを探すっていう、脆い自立生活だったんだよね。ウーン、Dead or Alive

 

それでも自立生活が良い! そういった事で、地域で安心して暮らす為のヘルパー制度ってのを、国や自治体に求める障害者団体(在障会/全国公的介護保障要求者組合)が出て来たってさ。なるほど、自然な流れやね!んで、80年代からの自立生活センターの台頭によって各地で介護保障が加速していき、ついに2003年、措置から契約への支援費制度に繋がった訳だ!

 

で、それで障害者達の生活は安定したのかのー?いやぁ、法改正毎に足場は揺らぎます。でも、えーと、当事者達やその組織の頑張りで、2年、3年ほど前にやっと全都道府県で24時間の介護保障が出来ましたとな!!(でも自治体レベルではまだまだ。福井市は大丈夫!)それでヘルパーという職業も自治体によってはそこそこ成り立つようになりましたかね〜。でもまだまだそこそこだよね。だって元々、ヘルパーへの報酬は一回数百円から始まったモノですから。

障害者・ヘルパーの皆さん、これ踏まえんとアカンのやでの!!

coming soon…

重度訪問介護(東京都重度脳性マヒ者介護人派遣事業)のこと

書籍『福祉と贈与』も事務所にございます

2020.02.18

自立生活史とYOLO・FUKUI

 今週のブログ担当の清水だす。

 

ワタシは障害者の自立生活運動の簡単な歴史と、2019年にYOLOFUKUIが出来た経緯をザクッと書いてみようかなと思っとります。細かい内容は目下勉強中の松坂さんに任せて、介助に偏った内容にはなりますが、雑に気楽に書いていきますね

 

その1 『障害者の自立生活とは』

 

一般的(?)に重度障害者が地域で自立生活(一人暮らし)を営めるようになったのは支援費制度が施行された2003年からだから、まだ17年しか経っていないってことなのね。ほんなら、まだまだ発展途上ってことやね!

 

じゃあ、それ以前の重度障害者達はどう生活していたんだろ?? その多く(実は現在もだよ)は、親元・入所施設でとっても不自由な生活をしていたみたい。

当時は入所施設も少なく、”我が子の将来を悲観した親に殺されちゃうこと”も少なからず(心中事件)。。 でも、そういった背景の中から、ごく一部のはみ出し者1970年代辺りから、新しい選択肢の開拓として地域で自立生活を始めていたと聞きました。

重度障害者=日常生活に多くの介護が必要な障害者

自立生活=親や支援員に縛られることのない主体的な生活

 

いわゆる自立生活運動ってのは、アメリカから来た障害者思想のようで、日本元来のソレは青い芝の会っていうCP(脳性マヒ者)集団から始まったと偉い人が言っていました。この団体は『我々を抑圧する健常者文化に対抗するCP文化を造らねば!』って過激(?)な団体だった様ですね。なんか、その思想には本場メリケンさんもビビったほど!

※”青い芝の会”歴史的背景はとっても興味深いよ!

『母よ!殺すな』『障害と文学』『われらは愛と正義を否定する』その他、事務所に書籍揃ってます。先ずは『さようならCP(映画)でもどうぞ

行動綱領の一つ『われらは自らが脳性マヒ者であることを自覚する』

   → YOLO理念『己を知り、違いを知り、それらを認め合うところ』と似ているね!

後半に続く

2020.02.15

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