YOLO日記
2022.10.19
武道の精神
わたしの子供が小学生の低学年から空手を習っており、その流れで最近(といっても半年以上ですが)私も空手を習い始めました。
運動音痴でメタボな私ですが、子供と一緒に習い始めてみると「あら、おもしろい。」と感じてなんだかんだで半年を過ぎようとしております。
練成大会や北信越大会など大きな大会も定期的にありまして(コロナで昨年まではありませんでしたが・・・)、私自身も型や組手などで参加しております。(習い始めで初戦敗退ですw)
さて、空手といっても流派・やり方など色々ありまして、私がならっているのは和道流という流派です。
主に空手は
・和道流
・糸東流
・松濤館流
・剛柔流
の4つの流派によって明治時代に沖縄発祥(諸説あり)で戦後全国に広まっていきました。
この4流派は伝統空手と言われており基本寸止め(ノンコタクト空手)です。
テレビなどでK-1等で出てくる空手は、松濤館流・剛柔流の流れを汲んだ大山倍達(空手バカ一代などで有名)が築いた極真空手というもので、主に直接打撃制の空手(フルコンタクト空手)が有名なのかなと思います。
(詳しくはいつものウィキペディアで調べてみてくださいw)
空手の歴史は意外に浅く、明治以降の武道になります。
私たちが知っている武道というものは同じく明治時代以降のに発展しているものが多くあります。
空手以外にも
・少林寺拳法(開祖 宗道臣)
・合気道(創始者 植芝 盛平)
・柔道(創始者
なども明治以降に様々な開祖・創始者によって創設されていきました。
武道自体は実践的なものとして使うわけではなく、特に第2次大戦で心身共に弱っていた国民に対して精神鍛錬の一つとして普及してきました。
また、日本武道協議会という武道のとりまとめを行う団体でも
「武道は、武士道の伝統に由来する我が国で体系化された武技の修錬による心技一如の運動文化で、柔道、剣道、弓道、相撲、空手道、合気道、少林寺拳法、なぎなた、銃剣道などを修錬して心技体を一体として鍛え、人格を磨き、道徳心を高め、礼節を尊重する態度を養う、国家、社会の平和と繁栄に寄与する人間形成の道である。」
と制定されています。
本格的な秋の季節到来です。
これをきっかけに武道というスポーツの秋を体験してみてはいかがでしょうか?
2022.10.14
今ハマっているものは?
初めまして(^▽^)/
YOLO職員のボンレスねこです。
このブログに初めて投稿します(*- -)(*_ _)ペコリ
(顔は何度か登場してますが…w)
秋といえば、食欲の秋ですね!!!
今、僕が物凄くハマっているのは、今年の6月にオープンした
「炭火くんせい舎」の純けいです。
福井の純けいといえば秋吉の焼きとりを思い浮かべますが、
このお店の純けいもとても絶品です。
口に頬張ると燻された香りが広がり、噛めば噛むほど肉汁が…
う~んたまらん!!!
お店のオーナーと母が友達で、たまにおそそわけで貰う
純けいの佃煮も最高です。
ご飯にぶっかけて食べてしまい、母の分もなくなってしまうので、
「ごめんね、お母さん。またお願いします。」
と、心の中で呟いています。
皆さんは、何かハマっている食べ物はありますか?
いろんなものを食べて健康に生きたいですね(⌒∇⌒)
2022.10.08
「欲」
いろいろバタついている今日この頃であります。
ん?…常にバタついている??(笑)
…マヒしています(笑)
人間、欲深いもので。
そんなバタつく「仕事」ひとつ取ってみても、
バタバタ忙しく、あくせく働けば、安定や楽を求め、
単調な、日々変わらない仕事には、変化や刺激を求め…。
「私はこんなに働いている!」
「私はもっとやりがいのある仕事がいい!」
というように。
ちょうど良さというものはひとそれぞれ。
その中での「基準」って何?と考えることも難しくなってきましたねぇ。
(「基準」「普通」…ほんと難しい(^-^;)
大人になってからの人生の時間割合的には、
睡眠と仕事の二つが大半を占めているんじゃないかなと勝手に思っています。
もちろん、仕事をする=お給料をもらう=生活していくということが
誰しも一番だとは思うんですけど、
どうせ自分の人生の大半の時間を占めちゃっているものならば、
良い場所で良い仕事をしたいし、
仕事に対しても欲をもっていかないとなーと思います。
そのためには自分の心持ちも重要で。
子どもの頃の勉強と同じで、
理由はどうあれ、「勉強したい」「〇〇ができるようになりたい」「いい点取りたい」と
少なからず子ども自身がそう思わないとできるようになったり、
達成感(やりがい)を得たりがないわけで。
仕事も、ただ受け身に文句言いながら毎日淡々とやり過ごしているだけでは、
やりがいもなにも。
なんの仕事するにしても、なにをするにしても、心持ちひとつで違うんですよ、きっと。
だからこそ欲に関しては日々修行なんですね。
食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋…とも言われるこの季節ですが…
何事にも貪欲に生きたいと思います(^_^)
2022.09.30
ノブレスオブリージュ的な
ぶっちゃけね
以前にも言及しましたが、障害福祉は“働き手側”にも多くの福祉(サポート)が必要です。
なぜかって??
それは一般的に福祉は低賃金って言いますし、
働き手も『福祉がしたい!』ではなく、
(※)流れ着いてくる者が多いからです。(主観だけど、まさに自分がそう)
※今まで多くの離職を繰り返してきて定まらないでいる人。
一般論ですが、単純に賃金が高い仕事には良い人材(能力が有る者)が集まりますよね。
福祉はその逆だと思えば分かりやすいのでは無いでしょうか。
とは言えこの時代(福祉はいつの時代もか)、働き手を選ぶことはなかなか出来ません。
それも折り込み一緒にやっていくのですが。
ただ、能力云々よりもやる気の方が大切で、
変に凝り固まっているより、
まっさらな人の方が利用者さんに喜ばれます。
失敗が多くてもやる気をみせて寄り添ってくれる人だと基本的に問題無いですね。
この辺は多くのブルーカラーと同じかもですね。
同僚として
YOLOのような居宅介護(マンツーマン)では、最低限の責任感がある人じゃ無いと難しいです。
欠けた時に補填しなければならないので、簡単に欠勤する人は向いていないです。
欠けた穴を埋めなければ!と言った事も責任感です。
同僚もカバー役が続けばクレームを出すでしょう。
欠勤した人がカバーした人にちゃんとお返ししないと関係性は成り立たないものです。
間接的チームプレイ=ギブアンドテイク=マナー
通所や施設系だと直接的チームプレイですので、理解のある寛大なリーダーに恵まれないと苦しいでしょう。
実は、私はこの考え方がとてもキライで長年抗っていました。
出来るスタッフが当たり前に補填するべきだろうと。
でも現実問題として、権利の行使には一定の義務が伴わなければ成り立たないという現状も感じていました。(憲法的な話じゃないよ!)
誰かがその穴を埋めている
誰かがその人の人生を支えている
結局、誰かが見えない所で必死になって背負っているから、
やっていけてる人(食えていける人)が確実に存在するのです。(福祉的)
自分が輝く時は必ず足場になってくれる人(犠牲になっている人)がいるっていう理解が有るのと無いのでは雲泥の差ですよ。(インフラを整えてくれる人が不可視化されがちという話)
それを
『当たり前の権利だ!』
なんて言って胡坐かいてたら現実はハブられるだけです。 まーこれも人情。
人の生活(人生)を支えていくこの仕事。
重度利用者の生活を崩す訳にはいきません。
とにかく穴が開かないように工面します。
誰彼かまっていられません。
馬が合わないと当然利用者さん嫌がりますよね。
でもそこは… とフォローをし続けます。
なので担当するスタッフのやる気と責任感が重要になってきます。
志しある者が支えていく訳ですが、とは言えども“出来る者”も多くはいなく、
リソースは有限なのです。利用者もスタッフも事業所も。
障害福祉をしている限り、
これからも流れ着いて来た人たちを同僚として迎えることでしょう。
しかし、これからは今まで以上に覚悟を問うことにもなるでしょう。
人の生活(人生)を担う以上、当たり前のこととして。
…重く考えすぎなくてOK
やってるうちにわかっていけば〇
そんなことを過去の自分を重ね合わせて…
と、前置きが長くなりましたがー
福祉ですが!!設立3年目にして年収400万年超がちらほらと出てきました🎉
福祉歴が短くても(20代でも)狙えますよ!
要はやる気次第です😌惜しみません💰
成長したい人も、支えたい人も、もちろん迷走している人も、
興味があれば遊びに来てね💛0歳スタート歓迎いたしますw
2022.09.22
にっぽん!歴史鑑定
BS-TBSで毎週月曜日22時から放送されている番組ですが、ご存知でしょうか?
・国鉄総裁 謎の死 下山事件
・関ヶ原の戦い 真の裏切り者は誰だ!
・鬼滅の真相!鬼とは何なのか?
など様々な時代の歴史の定説や謎を別の角度から調べ、解明していくという歴史番組です。
再放送などもあり、歴史ものが好きというのもあって月曜の夜は録画撮ってみております。
歴史については定説と仮説と新説があるとのことで、
定説・・・確定したものと認められた説
仮説・・・最も確からしいと考えられる仮の説
新説・・・新しく立てた論説や学説
この3つによって真実とされてきているものがほとんどらしく、
近代日本(明治以降)は史料も多く真実と確定しているものが多いのです。
けど、江戸時代以前には史料なども少なく、いくつかの仮設を作り、定説=真実とされているものが多く、新説が出てくることで定説=真実とされてきたものが変わることが多いのです。
例えば足利尊氏とされてきた肖像画(知らない人はググってみてください。馬に乗ったざんばら髪の掛け軸を見つけてみましょう)
室町幕府の初代征夷大将軍として君臨していた人ですのでさぞかし神々しく書くはずなのに、背中に背負っている矢は折れていたり、ざんばら髪で兜をかぶっていない。
当時その様な肖像画を本人が生きているときに書いたとしたら即刻打ち首で肖像画は燃やされていたと思います。
じゃあこの人は?
1つの仮説であるのが足利尊氏が亡くなって室町幕府が滅亡後にふつーに書かれた落ち武者を足利尊氏にして室町幕府の戒めにした説。
実際とは違う歴史を時の有力者が自分たちの力を誇示するために作り、現代でも信じている。
歴史というものは常に書き換えられて、そして新しい歴史が作られてきているのかなと思います。
新しい知識を古い知識をこの機会に入れ替えてみてはいかがでしょうか?
